使用可能期間が1年未満の減価償却資産は、その全額を一時の損金として経理することができる。だがそこには、使用可能期間とは何なのか、減価償却資産とは何なのかという問題があり、これを悪用した脱税があるから、調査官はこの点を念入りに調査する。
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減価償却資産
調査官は消耗品費の元帳と納品書との突き合わせから始めた。それは単なる金額の突合ではない。消耗品で経理された支出の内容をチェックし、そこに高額な工具や部品の購入があると、それを拾い出しては消耗品費でいいのかを質問する。 品川工作所は漁船用の漁労用品を製造する企業。製品の半数は規格化したものだが、残りの半数は漁船の大きさや能力に合わせての受注生産となっている。 「消耗品費の中に切削工具が入っていますが、切削工具は減価償却しなければなりません」調査官は元帳と納品書から切削工具を拾い出してこう言った。 「ドリルの歯のような切削具ですから、消耗品費で経理できると思います」経理部長は何らの問題もなかろうにと答える。 「金額は30万円となっています。ドリルの歯が30万円もするのですか。何本購入したのですか」 「その切削具は1本です」 「1本で30万円の工具ですから、消耗品にはなりません。減価償却の対象です」 「減価償却するような工具ではありません」 「取得金額が10万円を超す資産は減価償却資産です」 「減価償却するほど使用できません。せいぜい半年か8カ月です」 「いえいえ、切削工具の耐用年数は2年と定められています」 「2年も使えません」 「耐用年数は法律で決められていますので、それに従わなければなりません」 「法律はどうあれ、1年も使えないのですから消耗品です」 「2年間使用できない場合は、使用できなくなった時に除却損で計上します。購入時の費用にはなりません」 「消耗品費で落としても、使用終了時に除却しても、どちらも同じではありませんか」 「期首に取得した工具の場合は同じになると思いますが、期末近く取得した工具は減価償却をして、使用した月数分の償却費だけが損金算入となります」 「減価償却すればそうでしょうが、これは減価償却するような工具ではありません」 調査官と経理部長のやり取りにはズレがある。両者は自分の考えを基に主張するばかりで、相手の基本にある考え方を見ていない。だから、議論をしているように見えても平行線のままだ。 調査官は、取得価格が10万円以上の工具は減価償却資産であるから一時の損金経理はできないと主張する。一方、品川工作所の経理部長は、取得金額に関係なく、使用できる期間が短いのだから消耗品費で経理できると主張する。減価償却資産と消耗品を同じ土俵に乗せてその扱い方法を議論しても、かみあうはずはない。 「この工具は減価償却資産です。消耗品ではありません」議論のズレに気付いた調査官は論点を振り出しに戻した。 「消耗品ですよ」 「消耗品はノートや鉛筆のように明らかに消耗される物品のことです。切削工具は工具器具備品として減価償却資産に該当します。税法にもそのように規定されています」 「減価償却資産でも何でもかまいません。1年は使用できないのですから、減価償却の意味がありません」 減価償却資産というと資産計上して減価償却をすることを思い浮かべるが、減価償却資産イコール資産計上ではない。10万円未満の少額減価償却資産と、使用可能期間が1年未満の減価償却資産は一時の損金で経理することができる。
使用可能期間
経理部長は減価償却資産でも何でもかまわないと言うが、この切削工具は減価償却資産である。経理部長の代弁をすれば、減価償却資産ではあるが、使用可能期間が1年未満なので消耗品扱いした、ということだろう。 「減価償却資産であることはお分かりいただけましたね」調査官は念を押すように確認する。 「分かりました。ですが、答は同じですよね。1年使えないのですから」 「使用可能期間が1年未満である証拠は何ですか」 やっと議論がかみ合ってきた。 「証拠が必要なのですか」 「耐用年数は釣り竿の製造設備なら13年、工具器具備品としてみても2年ですから、切削工具の使用可能期間が1年未満であることを証明していただく必要があります」 「証明するといってもそのようなものはありません。現実に使用できないのです」 「同じ切削工具を年に何本購入しているのか、それがわかるデータはありませんか」 「特に作ってはいませんが、納品書から拾い出せばできると思います」 「お手数ですが、切削工具を購入した日と本数を書き出していただけますか」 本来ならこれは調査官の仕事だ。調査先に依頼することではない。しかし、使用可能期間が1年未満であることを立証する責任は品川工作所にあるから、先にそれを示して欲しいと頼んだのだ。 切削工具が1年以上使用できないのであれば、同じ工具が年に何回か購入されているはずで、納品書を見ればそれが分かる。 「切削具はこの1年に8本購入しています」経理部長は納品書の集計を終えると答えた。 「型番が同じなのは2本だけです。他の6本はそれぞれ型番が異なります。これだけでは切削工具の使用可能期間が短い証拠にはなりません。この前の2年分も書き出してください。 「更に2年分もですか」 「この型番が同じ2本も、たまたま購入が集中したのかもしれませんから」 使用可能期間が1年未満であることは、その工具の使用状況や補充情況から知ることができるのだが、短期間の動きでこれを判断することはできない。1年間で同じ切削具が6本購入されているなら、使用期間が1年未満であることは容易に分かるが、1年で2本の場合には判断が困難である。おおむね過去3年間の平均値を基準にする必要がある。 「型番が同じ切削具でないといけないのですか」 「もちろんです。使用可能期間が短いから買い換えるのですから、同じ切削具で同じ型番でないといけません」 「性能のいい工具が次々に販売されますから、型番は変わります。型番の違いだけで判断しないでください」 「なるほど、おっしゃる通りです」 「ご理解いただけましたね」経理部長は安堵の表情を見せた。 「それでは、工場の切削工具を保管してある場所を見せてください。どんな切削工具があるのか、確認させてください」 「ええっ……はあぁ……」経理部長は突然の要求に戸惑った。この1年間に購入した8本の切削具が保管されていたら今までの主張は水泡に帰す。いやそれどころか、それ以前に購入した切削具も保管されているはずなのだ。型番が違えば切削具の形状も異なる。いかに調査官が業界に不知だとしても、形状の違いは一目で分かってしまう。 「工作機械も見せてください。そして、どの機械にどの切削具を付けるのかを教えてください」 「見られて困るような機械はありませんから……」 同じ工作機械が複数台あれば、その切削具も複数本必要である。仮に3年間に同じ切削具を6本購入したとしても、それを使用する機械が6台あるとすれば、切削具は3年以上使用される計算になる。 使用可能期間が1年未満であることを立証することや、それを否定することは簡単なことではないのだ。
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