ゼイタックス |
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第1回 調査対象の選定 | ||||||
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警察官は道路に立ち、走ってくる車を止めて、「免許証拝見」をする。これは、次から次へと「免許証拝見」をしていれば、何台かに一台は無免許がいたり酒気帯びがいたりするので、それを摘発する安易で計画性のない手法だ。 税務署は、警察と同じことはできない。道行く人に「その指輪は自分で買ったものですか。贈与されたものではないのですか」などとは聞けないし、仮にそれが可能だとしても、この程度の質問では調査にならない。 税務調査は、「免許証拝見」とは違い、計画性のあるもので、その調査対象を選定するところから始まる。 ・指定業種 地方の小さな税務署は別にして、多くの税務署では業種ごとに法人を管理している。地域別や決算期別に管理するより、業種別に管理した方が調査の効率がいいからだ。 法人の管理が業種別になっているということは、税務調査も業種別になされることを意味する。多くの場合、その年度の重点調査業種が指定され、その指定業種を中心に調査対象が選定される。指定される業種は、バブル期の頃は不動産業や建設業、昨今はパソコン関連事業といった具合に、その時期に好況な業種である。 ・調査官の能力 調査対象を選定するのは個々の調査官である。世の中のすう勢はコンピュータ処理だが、税務署ではコンピュータが調査対象を選定するレベルには至っていない。 前5年分の申告概要を記載した「税暦表」を見ながら、各調査官が自分の経験を基に手作業で選定し、経験の無い調査官には統括官(課長職)が選定して指示を出す。 調査官の年齢と経験年数は必ずしも比例しない。納税額の管理や差押えをする管理徴収部門や総務課での勤務が長かった調査官もいるからだ。 経験の浅い調査官は「資料」の多い法人を選定する傾向にある。各法人から提出された「一般収集資料せん」や税務署内部で収集した資料せん、法定調書が数多くあるなら、これらの資料と元帳を突き合わせることで非違を発見できるのではないかと考えるからだ。 一方、経験豊富な調査官は資料の有無にはこだわらない。法定調書はいうに及ばず、一般収集資料せんが調査の手助けになる可能性は低いと知っているからだ。4年以上調査が無く、比較的売上高の大きい法人を選定するのが経験豊富な調査官だ。
調査対象を選定する際に最も重視されるのは決算書の内容である。調査官は過去数年分の決算数値を比較て、その数値に大きな変動のあるものに注目する。 ・売上と仕入 建設業や不動産業を除いた多くの業種では、売上や仕入に大きな変化は生じないものである。店舗を増やしたのか、あるいは閉鎖したのか、近くに同業店が開業したのか、売上や仕入に大きな変化がある場合には、その理由があるはずなのだ。 事業概況書にそのような記載がなく、店舗の取得や売却がなく、地代家賃に変化がない場合には、『何かあるな……』ということで調査対象になる。 ・売上利益率と棚卸高 売上と仕入が同じような比率で推移するなら、売上利益率や棚卸高に大きな変化は生じない。これらの数値に不自然な変化があると調査官の食指が動く。 普通、取扱商品が変わると売上利益率や棚卸高が変化するのだが、取扱商品が変われば売上や仕入の数値も変わるはずで、売上利益率や棚卸高だけが単独で変化することはないのだ。 ・役員報酬 調査官は役員報酬の急激な変化は利益調節の結果だと捉える。予想外に売上が伸びた場合、最初になされる節税対策が役員報酬の増額だからで、役員報酬の増額だけでは調整しきれなかった利益を、他の手段で圧縮しているのではないかと見るのだ。 ・福利厚生費 福利厚生費は社員給与や賃金に比例するものである。社員が多くなれば給料は増加し、同時に福利厚生費も増加するのだ。創立20周年記念で海外旅行をした、というなら福利厚生費は大きく増加するが、通常は給料や賃金の額に比例して変動するものである。 福利厚生費の増加の背景には、交際費からの振替が考えられる。損金不算入の交際費が増加すると、これを損金扱いにすべく、類似の費用を福利厚生費で経理するからだ。 同様の理由から調査官は、会議費や広告宣伝費の増加にも注目する。
同族会社は子会社を有する場合が少なくない。子会社を有すること自体は調査対象選定の理由にはならないが、決算月のズレを利用した利益調整がなされ、架空の取引が計上されることがあるので、親会社の外注費や支払手数料、子会社の売上高の変化がチェックの対象となる。 子会社の業種や子会社の所在地にもよるが、調査官が同族全体を調査した方がいいと判断した場合には、親会社と子会社を同時に調査することになる。
黒字決算の法人は調査対象になりやすい。真面目に経理している法人にとっては不公平なことだが、これは事実である。 1千万円の売上計上漏れを発見すれば、調査官は大手柄なのだが、その法人に1千万円以上の繰越欠損金があれば法人税は追徴できないので、同じ調査をするなら、追徴課税に直接結び付く黒字法人を調査したいのだ。 世間では、調査官に追徴課税額のノルマがあると言われるが、それはない。仕事熱心な調査官は黒字法人を選定する傾向にあるのだ。
調査対象を3社に絞り、その中の1社を調査するような場合、調査官は代表者や役員個人の申告状況をチェックする。 役員が法人と同じ管内に住んでいればチェックは簡単だ。個人課税部門に足を運ぶだけで事が足りる。他税務署管内の場合には申告データを取り寄せる。 その結果、住宅の取得(控除)があったり、新しい配当所得が発生しているような場合には、その役員の法人を調査対象にする。役員個人の資金の動きを法人の資金の移動と連動して調査しようというわけだ。端的に言えば、売上を除外した金が住宅の取得資金や株式の購入資金になっているのではないかと疑うのである。 税務署からの距離 調査官も人の子、雨の日や風の強い日もあるので、バスを乗り換えたり、駅から徒歩で30分、というところは避けたいのだ。 交通の便の悪い郊外にある税務署はもちろんのこと、繁華街にある税務署でも、定年が視野に入った年代の調査官にはその傾向がある。
こうして調査対象に選定された法人を調査することになるのだが、何の準備もせずに調査に臨むわけではない。 調査官は予め、何をどのように調査するのかを検討し、必要なデータの収集を開始する。これを準備調査というのだが、次回は準備調査における調査官の見方を紹介する。 |
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