ゼイタックス

Yomiuri Weekly 2002年6月9日掲載

制度形骸化で存廃議論が噴出
長者番付“公示逃れ”の悪知恵

 家庭や酒場で格好の話題となる高額納税者一覧、いわゆる「長者番付」が今年も31日まで公示されているが、今回は番付公表に疑問を投げ掛ける問題提起が改めて浮上している。

 プライバシー問題が根強いが、番付に掲載されないように工夫した大物国税OBによる“公示逃れ”もあり、制度の形骸化も指摘されているからだ。

  「長者番付」は、所得税額が1,000万円を超えた高額納税者が対象で、氏名、住所、所得税額を全国524の税務署で掲示している。今年は、7万9,838人が公示対象となり、相変わらず歌手やタレント、プロスポーツ選手などの“稼ぎぶり”が賑やかに報じられた。

 こうした野次馬的、興味本位の視線はさておき、この公示制度には、プライバシー侵害などの問題から、廃止・見直しを求める声が根強い。

 「長者番付」発表に先立つ5月10日、政府税制調査会で“番付問題”がテーマとなった。背景のひとつには、昨年12月に脱税事件で逮捕された大物OBで元札幌国税局長の浜田常吉・元税理士が“公示逃れ”をしていたことがある。一方、口火を切ったのは谷口隆義財務副大臣の「高額納税者のプライバシー公表は、努力が報われる税制との改革の趣旨に反する」との観点からの問題提起。賛否両論で結論は出なかったものの、議論は尾を引きそうだ。

“タレコミ”効果を担う
 すっかり忘れられてしまったが、そもそも、1950年に導入されたこの制度の本来の目的は、「高額所得者の所得金額を公示することにより、第三者によるチェックという脱税けん制効果を狙う」ものなのだ。その役割は、内部告発などの“タレコミ”による脱税調査の端緒を期待するものとして47年に導入され、54年に廃止された「第三者通報制度」だ。

 同制度は、通報の動機が怨恨や報復によるものが多いなどの指摘があって廃止されたが、その趣旨は引き継がれている。国税当局によれば、現在では、公示をきっかけに脱税などの情報が税務当局に寄せられる例は少ないが、公示を端緒としたマスコミからの間接情報がもたらされることはあるという。

 もちろん、公示制度の効果としては、“タレコミ”効果的な側面だけでなく、高額所得者の国に対する貢献を明らかにするといった肯定的な面もある。

 84年、公示基準がそれまでの所得金額1,000万円超から現在の税額1,000万円超に改正された。公示対象者が膨らみすぎたため、税務署の事務負担の軽減、効率化に配慮したことが大きな理由だ。「所得の内容がばれては困る」という政治家の“圧力”との見方もあるが、真偽のほどは定かではない。高額納税者の国に対する貢献を明らかにするという意味では税額のほうが分かりやすい、との理由もあった。 

 所得税は、所得金額の多寡や所得の内容によって税率が異なるので、所得額から税額を推計することが難しく、実際にいくらの税金を払ったのか分かりづらいためだ。なお、この税額公示への改正で、83年の公示対象者約44万人が翌年の84年には6万6,000人に激減している。

 一方、プライバシーの観点からみると、「長者番付」に載ったことによって、団体・企業からの附の強要や営業攻勢、勧誘などにさらされるなどの指摘がある。また、「長者番付」のお金持ちリストは、格好な「誘拐候補者名簿」ではないかと、窃盗・誘拐などの犯罪に巻き込まれる恐れもあることが廃止論者の理由のひとつとなっている。

 公示制度の存廃をめぐる議論のポイントは、プライバシーへの配慮と、脱税けん制的効果のどちらを優先すべきかにある。

 国税庁には、公示制度がプライバシーの侵害であるなどの批判的な意見が年間二十数件寄せられるというが、公示対象者が約8万人であることを考えると、批判的な声は納税者全体の中では極めて少ないといえる。もっとも、国税当局まで直接、意見を寄せる者があまりいないのは分かる気もするが……。

高額所得者の究極技
 第三者によるチェック機能という面でいえば、“公示逃れ”という究極のテクニックによる制度の形骸化が指摘されている。これは、高額納税者の公示対象が3月31日までに提出された申告書に限られることから、当初は所得税額が1,000万円を超えない所得で申告しておいて、4月1日以降に本来の税額で修正申告するという“悪知恵”である。

 この手法を用いると、所得税額が何億円になろうが公示されないのだ。調査前に自分から修正した場合は過少申告加算税がかからない。期限後の申告だから延滞税は払わなければならないが、年利4.1%の日割り計算で約2週間分。公示されたくない人々にとっては安い費用だ。また、当初の申告のときに、誤って納め過ぎたという形で修正分に見合う所得税額を納めておけば、その分は還付加算金がつくため延滞税を払わなくて済む場合もある。

 そして、税制を熟知している高額所得者ほど、公示逃れを利用する傾向にあるというのだ。
 例えば、大物国税OBの浜田常吉・元税理士の事件では、年間所得が2億円前後ありながら、毎年の所得を3,500万円前後で申告し、公示から逃れていたことが判明している。ただ、浜田元税理士は修正申告もしていなかった。

 そこには、国税当局による退職幹部職員への顧問先斡旋という問題がある。国税当局は、国税局長や税務署長、副署長などの幹部に対し、組織の活性化を目的に早期退職勧奨をしている。定年2年前の58歳で退官してもらう代わりに、退官後2年間の生活保障という名目で顧問先として民間企業を斡旋しているのだ。

 今年2月、民主党の河村たかし議員の質問に対する答弁で、福田進国税庁次長が、その実態を明らかにしている。昨年は退職職員357人に対し、総額33億円に上る顧問料などの報酬相当を斡旋したという。斡旋顧問先は1人平均13.2件、年間報酬額は941万円である。

修整申告は公表義務なし
 報酬額をみれば“公示逃れ”など必要ないではないかと思われるだろうが、それはあくまで平均の額で、なかには1億円にも上る報酬額となるOB税理士もいるのだ。退職して1年足らずで1億円もの高額報酬を得ていることが明らかになれば、天下り批判と相まって、世間の非難の的となるのは必至だ。国税当局の顧問先斡旋という慣行の是非は、ここではおくとしても、“公示逃れ”をしなければならない心境は分からなくもない。それでは、修正申告も公示の対象にすればいいのだろうが、公示手続きを定めた大蔵省令では、「修正申告については公示義務はない」ことになっている。

 国税当局は、「プライバシーの問題等から見直すべきとの否定的な声がないわけではないが」と前置きしたうえで、「社会的な監視が働いていること自体が心理的に適正申告を促す面がある」とみており、現状では制度の趣旨は生かされていると評価している。

 一方、学者の中からは、こんな指摘もある。

「海外でも公示制度があるのはフランスぐらい。プライバシーの点から問題があるのは確かだ。また、調査への効果なら、納税者番号制度の導入を先に考えるべき」(川田剛国士舘大教授・税理士)

 プライバシーの保護を優先するか、それとも第三者によるチェック機能が大事か――毎春、議論が蒸し返されるに違いない。

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