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第2回  準備調査

 調査する法人が決定すると、調査官は準備調査に取りかかる。準備調査とは、法人に臨戸して行う本調査の前に、その準備として行う事前の調査のことをいう。
 調査官は調査対象を選定するまでは普通の公務員なのだが、調査対象が具体的になるとその考え方が激変する。国民、すなわち納税者を疑いの目で見るようになるのだ。
 税務調査について税務署は、「申告内容が正しいものであることを確認するために行っている」と言うが、これは表向きの言葉である。調査官は「納税者は何かを隠している。少なからず脱税をしている」という考えを持って調査に臨んでいるのが実際だ。
 準備調査は署内の机上で行うものと、署外で資料を収集するものとに大別ができる。

署内での準備調査

・決算書や勘定科目内訳書の精査  調査対象を選定する段階でも決算内容はチェックしているのだが、準備調査ではこれを精査する。決算書の余白に前年度の決算額を併記し、時には2年前の決算額をも併記して、その変動を追っていく。勘定科目の金額に大きな変化があれば、その科目に注目して本調査を進めていく考えだ。

 売上や仕入にかかわらず、勘定科目の金額の変化には理由があるはずで、本調査でその理由を解明していけば、脱税をつかむ糸口が出てくるというわけだ。

 勘定科目の内訳書にも前年度や前々年度の数字を記入し、その変動を追う。決算の金額そのものには大きな変化がない場合でも、その内訳に大きな変化があれば、それを糸口に調査を進めようという考えである。

 例えば、借入金の残高に変動がなくても、内訳書に記載された借入先が異動しているなら、借入先を変更した理由は何か、新たな担保を提供したのか、などを調査の糸口にする。

 特に、社長や役員からの借入金が大きく異動している場合には、「脱税で作った裏金を表に出したのではないか」と調査官は考える。

・たれ込み情報の評価  税務署には色々な情報が民間から寄せられる。そのほとんどは「3丁目の山田さんは脱税した金でマンションを買った」という具体性のない「たれ込み」だが、調査官はこのような中から調査の手掛かりとなる情報を抽出する。

 近所の主婦からのたれ込みは妬みに起因するものが多く信憑性に欠けるが、リストラされた元社員からのたれ込みは具体性があり参考になる情報が含まれている、と調査官は言う。

・現況調査の判断  現況調査とは、事前の連絡をせず、突然に会社を訪問して調査をする手法をいう。事前に調査する旨の連絡をすると都合の悪いものを隠されてしまうので、「ありのままの現況を調査」するのだ。

 しかし、現況調査は納税者の心証を害する。善良な納税者は「なぜそこまで疑われなければならないのだ」と不満をあらわにする。

 税務署には、現況調査は納税者の心理を重視してできるだけひかえようという姿勢もあるのだが、「申告内容が正しいものであることを確認するため」には有効な手段であるとの解釈もある。

 現況調査で先手必勝を期すのか、事前連絡をして納税者の心証を保つのか、この判断は調査官の経験と間性によるのだが、事前調査では現況調査の適、不適が検討される。

 現況調査の対象となるのは、日々の売上が現金で入る業種が多い。これらの業種では、その気になって売上を隠そうとすれば、複雑な帳簿操作を必要とせず現金を除外するだけで済んでしまうからで、調査官は現況調査で売上金そのものを確認しようとするのだ。

 しかし、ベテランの調査官は言う。いかに現金商売で売上除外が簡単にできるといっても、それが簡単にできるようであれば、同じ手段で従業員に売上金を猫ばばされてしまうわけだから、従業員の不正を防ぐ手段は必ず作られているはずで、そこを解明すれば完璧な売上金の調査ができるのだから、現況調査は唯一の手段ではない、と。 

署外での資料収集

 銀行や取引先を反面調査するのではない。事前に反面調査をすれば納税者の反発を招くだけである。反面調査は本調査と並行して行われるのが常だ。

・状況確認  調査予定の法人を下見しておくことをいう。材木店のように外部から在庫が確認できる業種では、事前に在庫の様子を確認しておくのだ。調査の事前連絡をすると在庫を隠されることもあるので、見えるものは見ておこうという調査である。

 メモ帳を取り出して材木の本数を数えたりすれば疑われてしまうが、立ててある材木の底の部分の面積を目測で計算し、その時に仕入先のトラックが来ているなら、車体に書かれた社名を見ておく。

 本調査で臨戸した時、在庫置き場が消えて駐車場になっているなら、「在庫に偽りあり」と判断できるのだ。

 同様に、店内に自由に出入りできる小売店では、レジの台数や店員の人数などを下見する。レジ1台分の売上をそっくり落とし、店員の数を水増しする脱税の手口があるからだ。

 普段は5台のレジを使用しながら、申告は4台分の売上だけ、という脱税にはこの方法で対処でき、通常は10名の店員しかいないのに15人も使用しているように偽る手口にも効果がある。

 事前に調査の連絡をすると脱税者は、売上をそっくり落としているレジを隠し、人件費の水増しを隠すために臨時店員を雇ったりするのだが、事前の下調べには勝てないのだ。

・購買調査  調査予定の法人で買物や飲食をすることをいう。税務署が予算化している調査費が使われるのだが、調査官個人のポケットマネーが使われることもある。

○購入  正札の付いている商品を購入しても意味はない。生花、鮮魚、青果など、日々の仕入値に連動して売値が決められる商品が対象となる。購買調査で売値をチェックしておき、本調査でその商品の仕入値を調べ、売値の掛率を算出する。仕入値に対する売値の掛率が分かれば、仕入額から売上高が逆算できるというわけだ。

  レジを使用していない店では売上金額に関する確たる証拠がないから、逆算した売上高と申告額が大きく異なる場合には、売上の適否を丹念に調査することになる。

○飲食  レストラン、食堂、居酒屋など、自由に出入りすることのできない店舗では、調査官は客として店に入り、状況を確認する。ここでは、コソコソとメモを取ると疑われるので、堂々とノートを開いてメモを取る。

・おしぼり おしぼりの使用本数からおおよその客数が分かる。使用の有無、賃借先を記録する。

・テーブル伝票 使用している伝票の種類、通し番号の有無、通し番号を記録する。ランチの時間帯だけ別の伝票を使用したり、フロアによって伝票を変えている店があるので、調査官は時間やフロアを変えて店を訪れる。

  通し番号がない伝票を使用するのは、伝票を抜いて売上を落とすためだと調査官は見る。ただし、伝票に通し番号がなければ、従業員も同じ手口で売上金を猫ばばできるから、経営者やその家族が店に出て売上金を管理しているであろうことも分かる。

・レジ担当 誰がレジを打っているのか、特定の人物なのか、手の空いている従業員なのか、飲食をしながらレジの様子を観察する。特定の人物がレジを担当している場合には、レジ打ちの操作で売上を除外することが考えられるからだ。

・予約帳の確認 支払の際は領収書を貰う。レシートを領収書に書き替えて貰う間に、レジの周囲を観察するためだ。

  そして、「来週の土曜日10名ほどで予約できますか」と尋ねる。店員は予約帳を出して当日の予約状況を見るのだが、調査官は予約帳はどこに保管してあるのか、どのようなノートを使用しているのかを確認する。

  予約の団体客の売上はレジを打たないことが多く、そのまま除外されることがあるからで、悪質な納税者が「予約帳はない」と言い張るのを防ぐのだ。

3:現況調査