ゼイタックス

第10回 消費税の調査

 税務調査を、法人税調査、所得税調査、相続税調査、と税目で区分すると、「消費税調査」はないことになる。消費税だけを独立させて調査することはないのだ。消費税の調査は法人税や所得税の調査の一部分として行われている。
 法人税と消費税を同時に調査するので「両税同時調査」と呼ばれるが、売上の計上漏れが見つかれば当然に消費税の漏れも発生するし、費用の過大が見つかれば当然に消費税も過少になるのだから、同時調査を意識しなくても、法人税の調査と消費税は連動している。

消費税だけの調査

 神田建設は住宅の建築を請負う小規模な工務店。木工事と内装工事は自社で行うが、左官工事や屋根工事は外注に頼っている。
 「法人税調査」に来た調査官は、売上や諸経費の数字に間違いがないことを確認すると、消費税の調査に移行した。「これから消費税の調査をします」と宣言したワケではないが、調査官が元帳に記載された消費税項目をチェックする様子からそれと分かる。

福利厚生費の中の消費税

「山田病院に支払った治療費は社員の怪我によるものですね」
 調査官は治療費の支払いに着目して質問した。
「労災の届けをする程ではありませんでしたので、会社の費用で治療しました」
 神田社長は労災の届けをしなかったことについての言い訳をした。経営責任者らしい答である。
「治療費が税抜き処理されていますが、治療費は非課税です」
「ああ、そういうことですか。消費税ね。労災のことかと思いました」
「この分の消費税が控除過大となっています」
 税抜き経理であっても、税込み経理であっても、消費税が非課税となっている支払いは区分されなければならない。福利厚生費全体を課税仕入れ扱いにしているとこのような間違いが生じる。特にコンピュータで経理をしている場合には、コンピュータは課税仕入れであるのか否かの判断をしないので、注意が必要である。
 しかし、消費税は5%。治療費が1万円としても500円である。
「治療費の額の消費税分ですか……大した金額ではないですよ」
「控除できない金額を控除していますから、直さなければいけません」
「売上に間違いがあったのでしょうか、仕入れに間違いがあったのでしょうか。当社はいい加減な経理はしていません。こんな単純なミスまで訂正しろと言うのですか」
「税法通りの処理になっていませんので、直していただきます」
「数百円のことではありませんか。重箱の隅を爪楊枝で突くようなことはしないでください」
 調査官の立場も分かるが、神田社長の言うことの方が正当だ。消費税の税抜き処理の誤りがこれだけなら、調査官は修正申告を求めることはしないはずだ。「こんな誤りがありましたので、今後は注意してください」ということで済ます事案だ。消費税の調査は細かくなりがちで善良な納税者を苦しめる結果となることが多い。

通信費の中の消費税

「租税公課の元帳を見ますと、収入印紙を購入した記載がありませんが、どの科目で経理されているのでしょうか」
「切手と一緒に購入しますから、通信費かと思います」
「通信費は全額税抜き処理されています。収入印紙が通信費になっているなら、その分を除いて税抜きをしなければなりません」
「収入印紙ですか……」
「非課税の典型的なものです。税抜きしてはいけません」
「それは分かりますが、大した金額にはならないでしょう」
「金額の問題ではありません」
「速度制限100キロの高速道路を101キロで走行したら罰金だと言っているようなものではありませんか。あなたは速度オーバーをしたことがないのですか」
「運転はしませんので」
 税務署と警察、庶民の感覚では似たような存在だが、両者を一緒にして抗議するのはいただけない。税金は税金、速度は速度である。
「収入印紙はいくら購入したのでしょうか」
「そんなこと、覚えていませんよ」
「分からないのであれば、郵便局への支払いの全額が収入印紙と考えます」
「そんな乱暴な。収入印紙はほとんど使用していません。今は銀行振込で領収書は出していませんから、印紙は使わないのです」
「建築請負契約には収入印紙が不可欠ですから、支払いの大半が収入印紙なのではありませんか。それとも、契約書に収入印紙を貼らなかったのですか」
 調査官は収入印紙を貼っていなかったのであれば印紙税を追徴課税する姿勢を見せて揺さぶりをかける。保管されている契約書や領収書の控えを見れば使用したであろう収入印紙の金額の推計はできるのだが、調査官はそれはしないでこう言うのだ。

交際費の中の消費税

「香典や結婚の祝い金などは消費税は非課税となっていますが、これらも税抜き経理されています」
「分かりましたよ。1万円の香典で500円の消費税を控除しすぎているというのでしょう。もう、よく分かりましたよ」
 神田社長は投げ捨てたような言い方をした。
 調査官に言われるまでもない。香典や祝い金は消費税の対象外だ。もちろん社長も経理担当者も知っていることである。だが、コンピュータに単純な税抜きをさせているとこのような誤りが生じる。交際費には消費税が非課税となる祝い金などが多く含まれるから、コンピュータに税抜きを任せたままではいけないのだ。
「ゴルフのプレー代金も税抜きされています」
「ゴルフには消費税が課税されていますから、税抜きしてもいいはずですが」
「ゴルフ場利用税がありますので、支払い総額を税抜きすることはできません」
「ゴルフ場利用税ですって」社長は聞いたことがないという顔をした。
「800円ですが、無視することはできません」
「800円って、その5%を問題にするのですか?」
 消費税の調査は細かいところに行きがちである。調査官の指摘に間違いはないが、数十円の消費税をあれこれ言っていたのでは善良な納税者を敵に回すことになる。

車両購入費の中の消費税

「資産計上された車両の内容を見ますと、自動車重量税や損害保険料が含まれています」
「それらの費用は資産に計上しようとも損金に算入しようとも、どちらでもかまわないはずですが」
「どちらでもかまいませんが、車両の購入費全額を税抜きしていますので、税金や保険料など消費税が非課税である部分も税抜きされています」
「また消費税ですか」
 社長は、もういい、という顔を見せた。
「この消費税は無視できない金額です」
「その費用が20万円としても消費税は1万円ではありませんか。車両の取得価額に重量税や保険料を含めず、損金で落としていれば10万円近くの法人税が安くなっていたはずです。消費税を1万円取るというなら、法人税を10万円返してください」
 社長の言わんとすることは分かる。都合のいいところだけ主張して追徴しようとするなら、返せる税金を返してくれたらどうなのかというわけだ。しかし、それはできない。法人が株主総会で決議確定した決算は変更できない。法人の意思で車両の取得価額に算入した費用を、決算終了後に損金扱いすることはできないのだ。ましてや、税務調査の駆け引きに使うことはできない。
 消費税の調査だけが行われることはない。法人税や所得税の調査と同時に行われるのが常だ。だが、このような消費税の調査が行われるのは、売上や仕入や諸経費に問題がない場合がほとんどだ。調査官に、調査に来たからには何らかの実績を残して帰ろう、という意思が働くからで、十円とか百円の単位の調査になってしまう。

11:海外出張費