社員旅行の参加人数
ウグイス商事の税務調査も経費項目から始まった。「いきなり経費の調査か、経験の浅い調査官だな、見るからに若そうだ、経理部長が短気を起こして余計なことを言わなければいいのだが……」 立会の税理士はこう思った。 「社員旅行の明細を見ますと、参加人員は55名となっています。ウグイス商事の社員は45名ですので、社外から10名の方が参加されていると思います。社外からどなたが参加されたのですか」 旅行の行き先はどこかとも尋ねずに、いきなりこの質問だ。未熟である。おそらく最近の調査で同じような事例に出会ったのであろう。 社員旅行に得意先を招待した場合、それに要した費用は福利厚生費ではなく交際費である。交際費には損金不算入の規定があるから、福利厚生費を交際費にするだけで追徴課税ができる点を狙った調査である。 「社員は45名ではありません。非常勤の役員もいれば無給の役員もいますし、パートやアルバイトもいます」 経理部長は調査官の質問に直接は答えない。 「社外からは何人が参加されたのですか」 「1年以上も前のことですからよく覚えていません。1名か2名だったか、そんなものです」 「参加者名簿はありませんか」 「名簿は作りませんでした」 「名簿がなければ部屋割もできないではありませんか」 「ごもっともです。部屋割表なら残してあります」 こうして経理部長は部屋割表を提示するのだが、部屋割表を見ただけでは社員なのか招待者なのかの区別はできない。調査官は社員名簿を頼りに部屋割表の端からチェックをしていく。 「佐藤史郎さんは社員ではありませんね」 「退職した社員かアルバイトかもしれません」経理部長は軽くあしらう。 「社員旅行の参加者が社員であることの証明は会社側がなすべきものと思います。履歴書や賃金台帳で実在を証明してください」 「ごもっともです」 調査官を軽くあしらう割には気が弱い経理部長である。 この結果、社外からの参加は12名であることが判明した。
招待者からの寸志
「12名も招待者がいたではありませんか。1名か2名とは大違いですね」 「勘違いしていたようです」 「招待の部分、つまり総費用55分の12は交際費になります。福利厚生費は誤りです」 「名目上は招待ですが、参加者からは寸志をいただいていますので、当社の費用負担はほとんどありません。いや、もしかしたら、黒字になっているかもしれません。ですから、当社が負担した接待交際のための費用はありません」 「雑収入の内訳には寸志の記載がありませんが」 「雑収入ではなく、旅行費用の負担ですから、福利厚生費から直接減額しました」 「直接減額してはいけません」 「いけませんて、あなたに指導されることじゃないですよ」 経理部長の短気が出た。 「収入は収入、支出は支出で経理すべきです」 「どっちにしても答えは同じでしょう」 「交際費の額が違ってきます」 「それは税務署の理屈でしょう。税金を取るための理屈でしょう」 経理部長は貰い過ぎともいえる寸志を旅行費と相殺しているので、その残額が社員の旅行費であり、交際費に振り替える金額はないと主張する。 しかし調査官が言うように、収入は収入、支出は支出で経理するのが正規の簿記だ。費用と収益を相殺する経理は企業会計原則も認めていない。旅行に要した費用は全額費用で計上し、いただいた寸志は全額雑収入に計上するのが正しい経理だ。 すなわち、招待した12人分の費用は交際費に計上しなければならず、その12人から頂いた寸志は、これを相殺することはできないのだ。 「だったら会費制でしたらどうなんです。会費も相殺したらいけないというのですか」 「会費制と招待は違います」 「どこが違うんですか」 「会費制は最初から会費を取ることを予定していますが、招待はそうではありません」 「言葉は招待ですが、実質は会費を頂くようなものです。もしそうでないなら、寸志の類は固辞しています」 「招待は招待です」 「旅行の案内に会費制と書いておけばよかったのですね」 「会費制でしたら、収入を相殺してかまいません」 「会費制のたった3文字で取扱いが違うなんておかしいです。取らんかなの扱いです」 会費制と招待は違う。会費制の場合には計画の段階から収入を見込んだ資金計画がなされるので、実際に負担した金額が旅行費となるが、招待の場合には寸志を見込んでの計画はしないはずだし、仮に寸志収入がなくても旅行は実施されるのだから、実際に支出した金額が旅行費であり、寸志収入との相殺はできない。
不参加者の扱い
「旅行に参加しなかった社員は2名ですね。当日は出勤されたのですか」 「会社を全休にすることはできませんので、2名を出勤させました」 「その月の給与明細を見ますと、出勤した2名には特別手当が支給されています」 「他の社員が遊んでいる中を出勤したのですから、特別手当を支給しました」 「特別手当を支給した場合には、その金額が給与と見なされますので、源泉所得税の課税対象としなければなりません」 「ですから、給料に加算して、源泉税を計算してあります」 「そうではなく、旅行に参加した社員全員です」 「どういうことですか、さっぱり分かりません」 社員旅行に参加しなかった社員に、その見返りとして金銭を支給することがあるが、この場合には、金銭の支給を受けた社員はもちろんのこと、旅行に参加した社員に対しても、支給された金銭の額が現物給与と見なされ、源泉所得税が課税される。 支給した金額が社員旅行の評価額というわけだ。全員参加なら評価額は生まれないが、不参加者に金銭を支給すると評価額が生じて源泉所得税の対象となるという不可解な取扱いである。 「社員が勝手に参加しなかったのではありません。会社の業務上出勤を頼んだのです」 「会社の都合で不参加となった場合でも扱いは同じです」 「それは休日出勤手当ですよ。旅行の不参加手当ではありません」経理部長は逃げ道を開いた。 「休日出勤手当にしては、2万円丁度ときれいな金額です。しかも、二人とも同額です。休日出勤手当は基本給などに比例して、端数が付くのではありませんか。この二人の基本給は同じではありませんから、休日出勤手当とは解釈できません」 「ごもっともです」 柳の下のドジョウを探すごとく、同じような調査を繰り返す新米調査官がいる。ひとつの点で味をしめれば、次も同じ方法で調査の実績を上げようとするのだが、同じ調査を繰り返していると、その点についてだけは明るくなるものなのである。
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