ゼイタックス

Yomiuri Weekly 2002年9月1日掲載

住基ネットの線上に浮上、納税者番号制度
課税の公平かプライバシー保護か

 電子政府への一里塚である住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)がスタートしたことで、その延長線上にあるといわれる納税者版法制度が注目され始めた。この制度は、個人や法人に番号をつけて、課税の適正化や公平性を目指すもので、住基ネットで使う番号を活用するのではないかとの見方が根強い。プライバシー保護か、課税の公平か──議論の行方を追ってみた。
税金ジャーナリスト 浅野宗玄

 2002年8月5日から施行、スタートした住基ネットは、すべての国民に11ケタの個人番号(住民票コード)を付け、氏名・生年月日・性別・住所の4情報と、これらの変更情報により本人確認を可能とする地方自治体共同のシステムだ。ふだんは政府に従順な自治体だが、福島県矢祭町や東京・杉並区、横浜市など6市区町が”反旗”を翻したため、大きな関心を呼んだ。もちろん、担当の総務省は住基ネットの利便性を大いに宣伝する。

「各種の届け出・申請に必要な住民票の写しがいらなくなるし、住民票の写しの交付が全国のどの自治体でも受けられる。引っ越しの場合の転出入の手続きも簡略化される」

 住基ネット不参加の背景には、総務省が強調する利便性よりも、個人情報漏洩の危険性を強調した導入延期論がある。

 99年の住民基本台帳法改正時に、付則で規定された施行の前提となる個人情報保護法案が成立しなかったことが理由となった。しかし、「個人情報保護法案が成立すれば参加する」(杉並区)わけで、スタート時に足並みがそろわなかったこと自体は、深刻に受け止められてはいないようだ。

 住基ネットは、国が推進する「電子政府・電子自治体」の基盤となるものだ。2001年に策定された「e-Japan重点計画」などにより、住民が行う行政機関への申請・届け出のほぼすべてを2003年度までにインターネットでできるようにすることとされている。住基ネットは、常に最新で正確な本人確認情報を提供できるシステムとして、申請・届け出のオンライン化に当たっては必要不可欠といえる。

 この住基ネットを基盤として、高度情報化社会の中でIT(情報技術)を有効利用した行政コストの削減・スリム化が本格的に進められることになる。

住民税、そして国税へリンク

 不参加騒動はともかくとして、住基ネットがスタートしたことで、導入議論が現実味を帯びてくる「納税者番号制度」に注目したい。

「住基ネットの延長線上にあるのは納税者番号制度の導入だ。住基ネットが住民税の賦課・徴収に利用されれば納番制度と変わらない」

 参議院財政改革研究会委員でもある右山秀一税理士は、こう指摘する。

 国税の確定申告書は住民税の申告書とリンクしている。このため、住基ネットの利用範囲として、住民税も含まれれば、国税につながる公算は大きいとの見方だ。

 片山虎之助・総務相は、住基ネットが将来、その利用範囲を納税者番号制度へ広げる可能性について、「全く考えていない」としているが、法律を改正するほうが成立させることより、はるかに簡単なのは周知の事実だ。

 住基ネットを活用できる事務についても、当初は雇用保険・恩給の支給など93務に限られていたが、6月7日に国会に提出された電子政府・自治体関連3法案では、不動産登記やパスポートの発給、厚生・国民年金の支給など171事務が追加され、利用範囲が264事務まで拡大される。

 現在、国税庁では、電子政府の実現に向けた取り組みの一環として、インターネットを利用して申告・納税等を行う国税電子申告・納税システムの導入を進めている。すでに、2000年9月から翌年3月にかけて、東京国税局管内の?町、練馬東の両税務署で電子申告実験を行い、2003年度の運用開始を目指している。

くしくも? 同じ11ケタ

 この電子申告実験における申告書の整理番号が、住民票コードと同じ11ケタだった。2001年5月23日の衆議院予算委員会で質問に立った民主党の河村たかし議員は、

「所得税の確定申告書の納税者整理番号は8ケタなのに、電子申告実験整理番号が11ケタになった理由は、なぜか」

 と、かみ付いた。
 これに対し、大武健一郎・国税庁次長(当時)は、こう答弁している。

「実験の整理番号は、本人を証明する確認キーとなることから、多いケタ数が望ましいなどの結果として11ケタとなったもので、住基ネットとは全く関係ない」

 しかし、電子申告の開発に際して、国税庁幹部の脳裏に住民票コードの11ケタがなかったことは否定できまい。

 納税者番号制度は、個人や法人に固有の番号を付けて、銀行口座の開設や株式の売買など各種の取引に納税者番号の記載を義務付け、資料情報の納税者ごとの名寄せ、申告書との突き合わせを効率化する。脱税を防ぐなど、適正・公平な課税実現には不可欠だという。

 88年に政府税制調査会が導入を打ち出して以来、何度も浮かんでは消えてきたが、小泉首相主導の下で進められている税制改革の中では、「具体的な成案を得るべく早急に検討を開始する」(政府税調「あるべき税制の構築に向けた基本方針」2002年6月14日)、「納税者ID制度等の検討」(経済財政諮問会議「第2骨太方針」2002年6月25日)など、納税者番号制度が重要課題として急浮上している。

危機的財政も後押し要因

 この背景には、我が国の危機的な財政事情の中で、国民が「広く、薄く」税負担を強いられる一方で、従来にも増して「課税の公平」が求められることがある。そこに、納税者番号制度の導入が現実味を帯びてきた理由があるわけだが、さらに住基ネットがスタートしたことで、納番制が日の目をみる日が近づいたわけだ。

 納税者番号に住基ネットの住民票コードを利用すれば、導入コストが大幅に削減できることは誰の目にも明らかだ。しかし、住基ネットはその活用事務を法律で限定している。

 また、納税者番号は、銀行での口座開設や株式売買などの民間での各種取引でその記載が必要となるが、住民票コードの民間利用は禁止されており、法律改正を経なければならない。

 何より最大の難関は、プライバシー保護、情報漏洩という問題である。

 住基ネット導入に際しても、総務省は、制度面・技術面から万全の対策を講じたと主張する。しかし、現実に不参加自治体が出たように、この問題に対する国民の疑念・不信は根強い。もっとも、米国国防総省でも不正アクセスされたように、百パーセント万全のシステムがあり得ない以上、プライバシー保護や情報漏洩を防ぐ絶え間ない努力が求められる。

「我々は、プライバシーと課税の公平、行政コストのスリム化のどちらを選ぶのか、選択を迫られている」(川田剛・国士舘大学教授=税理士)という指摘もある。

 誰もが求める課税の公平を実現する上で、納税者番号制度は避けては通れない課題だ。「プライバシー、プライバシーというが、本当に困るのは、脱税者や政治家などほんの一握りの人たちだけ」という指摘もある。もちろん、プライバシーの保護は十分に配慮されるべきだが、高度情報技術を活用した納税者番号制度の意義を改めて考える必要があるのではないか。

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