ゼイタックス

Yomiuri Weekly 2002年6月30日掲載

サラリーマンにも確定申告
税に目覚めよサラリーマン!

 小泉首相主導の税制抜本改革の一環として、経済財政諮問会議や政府税制調査会が相次いで「サラリーマンにも確定申告の途を拓くべきだ」との方針を表明して話題となっている。税務の専門家集団である日本税理士会連合会でも会長の諮問機関である税制審議会が今年2月に出した答申の中で「給与所得者自身による確定申告制度への移行」を提言。また、加藤寛前政府税調会長など民間有識者をメンバーとする税制構造改革国民フォーラムは、6月5日に東京・千代田区のイイノホールで開いた税制改革国際シンポジウムで「すべての納税者への確定申告権の保障を」と訴えた。

 このように、官民こぞって「サラリーマンも確定申告すべきだ」とするのは何故なのか。国民フォーラムの代表委員の一人でもある上田卓三元衆議院議員はいう。「税金の使い途が問題となっている今、税の無駄遣いをやめさせ、700兆円の借金といった事態を好転させるためにも、納税者の自覚を促す本来の申告納税制度に戻す必要がある」

納税意識を希薄にする源泉・年調制度
 わが国のサラリーマンは、毎月給料から源泉所得税が天引きされ、年末調整によって年間の所得税の過不足が清算されることで確定申告をする必要がない。サラリーマンにとっては納税の手間と費用の負担がかからず、国にとっても徴税コストが低く押さえられることから、すっかり定着した制度だといえる。

 しかし、世界の先進諸外国をみると、例えばアメリカでは、源泉徴収制度はあるものの、年末調整はなく、最終的には納税者本人が確定申告時に還付申告等をして過不足を調整する制度を採用している。カナダ、オーストラリアなども同様であって、日本のようにサラリーマンが確定申告を必要としない国はほとんど見られないのである。

 とはいえ、だからわが国も採用すべきだとの理由にはならないだろう。現行制度は国・納税者双方にとって極めて安定して不満のない制度なのだから。大多数のサラリーマンはそう考えているはずだ。では、サラリーマンにも確定申告をなぜ求めるのだろうか。

 まず第一に挙げられるのが、サラリーマンの納税は全て会社が代行してくれるため、納税に対する意識が希薄であるとの批判からくるものである。所得税納税者数の約8割を占める約4,600万人のサラリーマンに対し、確定申告することによって、納税者意識を高め、税負担を通じて政治に対する参加意識を高めようという狙いだ。

 また、プライバシーの観点からの指摘もある。
「年末調整を行うためには、守秘義務のない雇用主、経理担当者に、妻の所得や障害者控除を得るために家族に障害者がいることなどを伝えなければならない」(石村耕治白鴎大学教授)。

年末調整か確定申告を選択する制度が有力
 しかし、約4,600万人のサラリーマンが確定申告するためには、確定申告のほうが得だというインセンティブを与えることや、納税者と税務当局双方にとっての事務負担の増大、行政コストの増加などの問題がある。

 サラリーマンが自主的に確定申告する制度を考えた場合、現行の源泉徴収や年末調整を止めて確定申告に移行する案は実現不可能だ。サラリーマンにとって多大な負担増になるのはさておいても、確定申告を受け入れる税務当局が対応できないことは明白だ。現在でも約2,066万人の確定申告者(2002年確定申告)で手一杯の組織が、さらに約4,600万人の納税者の対応などできるわけがない。厳しい財政事情の中で職員の増員は不可能だから、現在の約5万6,000人の職員だけでは、「提出された確定申告書のチェックはおろか、無申告者がいても洗い出すだけの事務量がない」(国税庁幹部)。

 現実的な制度は、「現行の源泉徴収は残し、年末調整か確定申告かを選択する制度」(上田元衆院議員)だろう。そうなると、年末調整で済ますよりも確定申告のほうが得だという形を作る必要がある。具体的には、サラリーマン自らが計算した1年間の必要経費、実額控除が給与所得控除を上回ることで、初めて確定申告へのインセンティブとなる。

 ところが、実額控除が現行の給与所得控除を上回ることはほとんど不可能なのだ。

勤務費用より相当高い給与所得控除
 わが国の給与所得控除は、給与収入に応じた控除率を基にした一定の算式で算出され、給与収入500万円で154万円、700万円で190万円、1,000万円で220万円などとなる。マクロ的に給与所得控除の水準をみると、給与収入総額の3割程度が控除されていることになる。

 なぜわが国の給与所得控除が高いかというと、その性格を考えるに当たって、必要経費としての「勤務費用の概算控除」に加えて、「他の所得との負担調整のための特別控除」という要素が含まれているからだと考えられている(政府税制調査会「わが国税制の現状と課題」2001年7月)。「他の所得との負担調整」とは、失業などの不安定性のほか、有形、無形の負担、拘束を余儀なくされ、その対価があらかじめ定められた給与の支給にとどまるといったサラリーマンに特有の事情に対し配慮されたものといわれている。もちろん、他の所得者との所得補足率への不満への埋め合わせといった面もあるだろう。

 一方、総務庁の家計調査から、諸外国で勤務費用と認められている支出を含め、背広や靴、理髪代、新聞・書籍、小遣いまで、サラリーマンの必要経費ではないかと思われるものを広めに拾い出しても、その金額は平均で年間50万円程度にしかならないのだ。

 経費の範囲を、毎日の通勤費など会社が負担していたものを含め、健康維持のためのスポーツジム費用やドリンク剤、同僚との懇親も含めた交際費など相当強引に広げても現行の給与所得控除の壁は越えられない。

 すると、実額で認める経費の範囲を大幅に拡大するとともに、給与所得控除を引き下げなければならないが、これはサラリーマンにとって増税ということになるのではあるまいか。もちろん、負担調整のために所得税率の引下げなどの緩和措置は採られるのだろうが、確定申告と引き換えに負担増となる公算は大だ。

 納税者と税務当局双方にとっての事務負担や行政コストの増大については、インターネットで確定申告や税金の納付ができる電子申告制度が2003年度から導入されることで相当程度の問題が解消されるとの見方もある。しかし、「パソコンに不慣れな高齢者や年1回の申告のためにパソコンをいじる人たちが電子申告をするのは難しい」(石村教授)こともあるうえ、税務に不慣れなサラリーマンにとって、税務面でのアドバイスが必要だ。

 アメリカなど多くの先進諸国では税務書類の作成などが専門職の独占業務になっていないことから、確定申告書の作成相談に民間ボランティアを動員している。ところがわが国では、「現行法上、税務書類の作成や税務申告の代理等は税理士しかできない」(荒木慶幸東京税理士会税務審議部長)という大きな壁がある。全国で約6万6千人の税理士がおり「現在、確定申告期には無料で自書申告の指導を行っている」(同)とはいえ、相当数のサラリーマンの相談相手となるには量的に不足している。どうしても、税務当局や税理士会が主導での民間ボランティアの育成による税務援助が課題となってくる。

給与所得控除の見直しは必至
 「サラリーマンも確定申告するべき」ということは税制上の理想ではあるのだろうが、それを実現するためには、サラリーマンに対する確定申告へのインセンティブ、給与所得控除の見直し、実額控除の対象となる費用や支出の範囲の設定、税務当局の受け入れ態勢や税理士をはじめとする相談体制の確立など難問が山積している。一朝一夕で出来上がる制度とは思えない。現在の個人事業者が確定申告する青色申告制度も戦後50年という長い月日を経て定着した制度である。同様に長い目で育てていくことが必要なのではないか。

 ただ、税制抜本改革論議の一環としてでてきた裏には、これまで既得権のように享受してきたサラリーマンの給与所得に対する諸控除の見直しがあるのは確実だ。サラリーマンに税への関心を持たせる以上に、税収増を図ることが本筋なのかも知れない。

 「政府には、給与所得控除の引き下げや各種控除の見直しによる実質増税という狙いが感じ取れる。我々は、官主導でなく納税者の立場にたって、確定申告拡充のための法整備を世論に訴えていきたい」(上田元衆院議員)。

 どうやら、サラリーマンが確定申告する道のりは長そうだが、税に対する関心を今まで以上に持たねばならない時代となったようだ。

 最後に、「給与所得控除制度の見直しの趣旨は、あくまで所得計算の方法に公平性と明確性を求めるもので、必ずしも給与所得者の税負担増を意図するものではない」(日本税理士会連合会税制審議会答申)という言葉を政府に贈りたい。

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