ゼイタックス

第4回  期ずれ

決算締切日

 調査官は売掛帳をパラパラとめくっている。売上先を確認するでもなく、売上の内容を確認するでもなく、簡単にページをめくるだけである。
「売上の締日がまちまちですね」調査官はその手を止めて尋ねた。
「先方の締日に合わせていますので、一定の日ではありません。なぜかこの業界は月末締が少ないのです」
 赤羽建材の経理部長は丁寧に答えた。赤羽建材は生コンを製造販売する会社。販売先の求めに応じて売上の締日を決めているため、15日、20日、25日、月末と、まちまちである。
「締日から月末までの売上はどうされていますか」
「翌月の売上になります」経理部長は調査官の意図することを考えずに答える。
 調査官は決算月の締後の売上が計上されているかどうかを尋ねたのだ。通常の月の締後の売上は翌月に計上されるので当期利益には影響しないが、決算月の締後の売上が翌月扱いになっている場合には、当期の収益が翌期回しになり、当期の利益が減少するからだ。
「決算月の締後の売上はどうなっていますか」
「ああ、そういうことですか。15日締のところは月末までの売上を計上してあります」
「20日締などそれ以外のところはどうなっていますか」
「締日以後の売上は計上していません。締日に従って売上を計上してかまわないという通達がありますよね」
 経理部長が言う通達は、これだ。
 法人税基本通達2-6-1 「法人が、商慣習その他相当の理由により、各事業年度に係る収入および支出の計算の基礎となる決算締切日を継続してその事業年度終了の日以前おおむね10日以内の一定の日としている場合には、これを認める」
 この通達は、決算日と売上の締日のズレが10日以内なら締後の売上を計上しなくてもいいというものである。
「15日締については締後の売上が計上されています。一部でも締後の売上を計上しているところがあれば、全体について締後の売上を計上しなければなりません」
 これは調査官の一方的な解釈である。確かに締日以後の売上の扱いは統一されなければならないが、15日締のように決算期末日から15日も前が締日の場合には、この通達が規定する範囲外で当然に締後の売上を計上すべきであるから、取扱の不一致をもって否定することはできない。
「少なくとも、20日締は決算期末日から11日も前ですから、これについては締後の売上を計上すべきと考えます」
「おおむね10日以内、ということでいいのではないでしょうか」経理部長は厄介な人物が調査に来たものだという顔をした。
 経理部長の言うとおりである。「おおむね10日以内」なら問題はない。取らんかなで調査をする調査官の中には、このように自分の解釈を納税者に押し付ける傾向にある。納税者側も「これで調査が終わるのなら言うとおりにしようか」と折れる傾向にあるから、調査官は自分の主張が通ったものと勘違いをする。

費用と収益の対応

「仕入の締日はどうなっていますか」
「仕入は全社月末締です」
「それはおかしくありませんか。売上が20日締や25日締で、仕入が月末締では費用と収益が対応しません」
「これは当社が決めたのではなく、仕入先の締が月末になっているためです。故意にそうしたわけではありません」
 調査官は、売上に見合った仕入、もしくは仕入に見合った売上、でなければおかしいというのだ。その通りだ、それが企業会計の原則だ。しかし、先の通達は「継続して」締日で決算している場合には「これを認める」としていて、費用と収益の対応については規定していない。規定がないということは、締日優先でかまわないということである。第一、いかなる場合にも費用と収益を対応させなければならないとするなら、この通達規定そのものが否定されることになる。

締後の消費税

「15日締の締後の売上ですが、消費税はどうされていますか。売掛帳を見る限りでは消費税が加算されていないようですが」
「消費税は請求書の段階で加えていますので、締後で請求書の出ていない売上には消費税は含まれていません」
「こちらは税抜き経理でしたね」
「税抜きですが……」
「締後の売上も税抜きしているようですね」
「……と、言いますと」経理部長は調査官が何を言っているのか掴めずに聞いた。
「締後の売上の消費税分が計上漏れになっています」
 15日締の売上先について締後の売上を計上したのはいいのだが、本体価格で記帳されている売上帳を単純に合計しただけでは、その分の消費税が漏れてしまうのだ。
 税抜き経理、税込み経理にかかわらず、消費税相当額を計上しなければ当期利益や納付すべき消費税の額に差異が生じてしまう。
「たかだか5%ではありませんか」調査官の指摘に気付いた経理部長は精一杯の抵抗をした。
 些細と言えば些細なのだが、調査官はこんなところにまで目を向けるのだ。

工事現場ごとの売上

「十条建設の売上元帳を見ますと、納品日ではなく、『1階』、『2階』と書かれていて、この区分ごとに請求書が出されています。なぜこのような請求になっているのですか」売上帳と請求書を丹念に見直した調査官は新たな質問をした。
「8階建マンションの工事現場です。入札で総額を決め、1フロア終える毎に8分の1の請求を出す約束になっています」
「納品日や納品数量はどうなっているのですか」
「いずれも現場の指示で決まります」
「その記録を見せて下さい」
「請求は8分の1づつですので、特に記録は残しませんでした」
「決算では4フロア分の売上が計上されていますが、決算末日には5階あるいは6階部分の納品が終えていたのではありませんか」
「よく覚えていませんが、4階までだったと思います」
「ミキサー車ごとの配送簿を見れば分かりますね」調査官は配送簿の有無を確認しないでこう聞く。「ありません」との答えをさせないためだ。
「この現場に関しては配送簿を記載していません。何しろ総額が決まっていましたから、必要がないのです」
「そうかも知れませんが、売上は納品数量に応じて計上しなければなりません。入金は8分の1づつということですが、基礎部分もあれば屋上部分もありますから、納品と売上が一致しません」
「長い目で見れば一致しますよ」
「しかも決算末日には5階あるいは6階部分の納品が終えていたと思われます」
「それは……今となっては分かりませんが、仮に納品していたとしても、売上の総額は変わりません」
「そうではなく、納品量に応じた売上を計上すべきだと言っているのです。8分の1というのは単なる分割払いの回数にすぎません」
「その通り、その通りとは思いますが、当社としてはこれが最良の経理方法だと思っています。マンションは完成し、最終金は今月入金しました。当期はこれを申告するのですから、前記に多少の違いがあったとしても、当期の申告でイコールになります」
「いえいえ、費用と収益は対応させなけれなりません。前期は前期で、当期は当期で、区分して対応させなければなりません」

期ずれ

 翌期と併せて計算すれば利益の総額に違いが生じないことであっても税務調査の対象になる。どちらの期の収益にするのか、どちらの期の費用にするのか、という決算期の違いだけが問題になるので「期ずれ調査」と呼ばれる。
 2期という期間で見れば利益は変わらないのだから、ベテランの調査官は「期ずれ」の調査を潔しとしない。しかし、他に指摘できる事項が見つからない場合には、「期ずれ」に目を向けていく。

5:社員の給与