議員の海外視察が問題になることがある。いや、問題になることが多いと言った方がいいだろう。視察は名目でその実体は観光旅行なのではないか、という市民団体の指摘だ。 同じことが税務調査でも問題になることが多い。視察という名目にはなっているが、実際は観光旅行だったのではないか、と調査官が疑うのだ。 調査官は市民団体のように「観光旅行をやめなさい」とは言わない。会社の業務に関係のない旅行の費用は、旅行をした社員の給与とみなして源泉所得税を課税し、さらに旅行者が役員であれば役員賞与とみなして損金不算入とする。
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海外旅行イコール観光
秋葉薬品は首都圏に10数店の院外薬局を経営する企業。院外薬局の開設基準は厳しく、病院とは資本的にも人事的にもつながりがあってはならないのだが、病院の患者あっての院外薬局であるから、経営者は病院と薬局を一体として考えるようになる。 このような中、秋葉薬品は欧州の病院と薬局を視察するために役員を派遣した。10日間の日程である。 「旅費交通費に欧州視察の費用が計上されていますが、日程の分かる書類を見せていただけますか」 調査官は日程を尋ねることから始めた。 「常務の神田一郎が行きました。常務の作成した日程表があります」 経理部長が事務的に答える。 「これは観光旅行なのではありませんか」 調査官は日程表を開いただけでこう尋ねた。 「視察です、観光ではありません」 「観光旅行でないことの証拠を示してください」 「証拠ですって。その日程表で分かるはずです」 「この日程表は手書きです。手書きでは何とでも書けます」 強気な調査官だ。取らんかなの姿勢で頭から納税者を疑っている。最近の若い調査官の傾向だ。 「手書きでもワープロでも同じではありませんか」 「証拠になりません」 「何が証拠になるのですか」 「写真とか、名刺とか、視察であることが分かるものです」 「薬局の前で記念写真を写すのですか。それじゃあ市内観光の記念写真ではありませんか。ま、名刺ならありますがね」 経理部長は呆れたと言わんばかりに答え、神田常務が作成した視察報告書を提示した。その報告書には欧州で会った人達の名刺も貼られており、強気の調査官も観光旅行とは言わなくなった。 「日程表によりますと、視察は10日の内の4日で全日程の半分以下ですから、神田常務の賞与とみなします」 「10日の日程で10日は視察できません」 「少なくとも、10分の6は賞与です」 強引な調査官だ。往復の日数や土日の休日をまったく考えようとしていない。それともそれを承知で言っているのだろうか。 視察と観光を兼ねた旅行をした場合には、その費用を視察の日数と観光の日数で按分する考えはある。しかしそれは、視察と観光を兼ねた場合のことだ。神田常務のように視察が主である場合に全日程を分母にしてはいけない。時差を調整する日も必要だし、土日は休日扱いでかまわないし、往復の日数もある。
視察とは
「しかも、病院の視察も含まれています。秋葉薬品で病院の視察をする必要はありません。これを除くと10分の3しか視察をしていないことになります。第一、日本の薬局が欧州の薬局を視察してどんなメリットがあるのか疑問です」 視察の効果を調査官に問われる必要はない。視察の要不要は法人が判断して決めるもので、その効果の判断もその法人にしかできないものである。 院外薬局と病院の関係をるには病院の視察は不可欠だ。薬局の経営者として医薬分業の先進国を視察し、病院と薬局の位置関係や患者の動向を見ることは重要なことである。 調査官がこのような発言をする裏には理由がある。建築家や服飾デザイナーが欧州の建物やファッションを見て歩くことは業務上の視察なのか、鮮魚商や青果商が香港や韓国の商店を見て歩くのは業務上の視察なのか、遊技場の経営者がラスベガスでギャンブルすることが業務上の視察なのか、という問題だ。 税務署はこれらの視察を否定する方向にある。はっきりとした目的を持たずに漫然と街の建物やファッションを見て歩き、ギャンブルをするだけの旅行は、法人の業務の遂行上必要なものではないというわけだ。 視察旅行が「見て歩き旅行」ではなく、業務の遂行上必要なものであることを示すには、記録を残すのが一番である。神田常務が作成したような、名刺までも貼り込んだ視察報告書が必要である。もしこのような報告書がないとすると、調査官に「観光旅行だから報告書がないのだろう」と言われることになる。
パッケージツアーへの参加
「旅行代金の領収書を見ますと、旅行会社のパッケージとなっています。視察旅行がパックというのはおかしいですね」 「パッケージではいけないのですか」 「パッケージは観光旅行です。ツアーから抜け出して視察をしたというのですか」 法人税の基本通達に、旅行業者が行う団体旅行に応募して行う旅行は、原則として法人の業務の遂行上必要な海外渡航に該当しない、という趣旨の規定がある。パッケージツアーは観光旅行のためのものであるから、それに応募しての旅行は業務ではないということだ。 「確かにパッケージですが、これは、飛行機とホテルだけのパッケージです」 「どんなものでもパッケージはだめです」 杓子定規な調査官だ。それとも、承知でこのようなことを言っているのだろうか、分からなくなる。 先の基本通達はパッケージツアーは観光のためのもの、という前提でできている。この通達は飛行機とホテルだけをパッケージした商品が開発される前に作られたもので、いわゆるパック旅行を指している。もはや、パッケージ旅行イコール観光という時代ではない。
永年勤続の報奨
「ところで、この欧州旅行の同行者はどなたですか。領収書には2名分と書いてあります」 「神田常務と奥さんです」経理部長はこれ以上聞くことがあるのかという顔で答えた。 「奥さんが一緒では観光旅行ではありませんか」 「常務の奥さんは薬剤師です」 「社員なのですか」 「以前は社員でしたが、退職しています」 「社員でない人を同行するのは業務ではありません。観光旅行です」 「観光旅行なら観光旅行でかまわないよ」 調査官と経理部長のやり取りを聞いていた社長が堪えきれずに答えた。 「観光旅行の費用は賞与として損金不算入になりなす」 「そうじゃない。その欧州視察は神田専務の永年勤続の報奨の意味もあって行かせたものだ。だから奥さんも一緒なんだ。それならいいんだろう、観光でも」 「今更、そのような回答では困ります」 「今更じゃない。最初からそうだったんだ」 「証拠は何ですか」 「ふた言目には証拠を出せと言うのか。証拠は私の頭の中にある。我々は税務調査の証拠を作るために経理をしているのではない。勘違いをしないで欲しい」 「永年勤続報奨の規定とか、ないのですか」 「無いものはない。だからといって欧州視察を否定しないで欲しい。今回が初めてのケースで、規定はこれから整備する」 ああ言えばこう言う、というのは言い訳の上手な様を表すものだが、最近の若い調査官は、ああ言えばこう言って調査を進める。取らんかなの姿勢丸出しなのである。 社長の言う通り、永年勤続の報奨による旅行なら損金不算入とか給与加算という問題はない。
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