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第9回 (続)招待旅行

 社員旅行に得意先を招待すると、招待を受けた得意先は寸志を包んで参加してくる。手ぶらでは参加しないのが通例だ。
 これについて税務署は、受領した寸志と支出した費用を相殺してはならず、招待者の旅行に要した総費用が交際費になるとしている。交際費は旅行費用の実額、受領した寸志は雑収入というわけだ。
 そこで経営者は、得意先に費用を負担させての旅行では招待の意味がないし、社員旅行と一緒にしたのでは軽く扱っている印象になるから、完全な形での招待旅行をしようと考える。すなわち、一定の売上高を達成した得意先を報償という形で旅行に招待することになる。

一般顧客とは

 上野商店は住宅関連の機器や建築金物を卸売りする企業。いわゆる日曜大工店ではなく、工務店などの業者を相手にしたもので、一般客への小売りはしていない。
 上野商店は販売拡大セールで一定金額以上の売上を達成した顧客を3泊4日の韓国旅行に招待した。一人当たりの費用は約6万円。金銭によるリベートよりも、海外旅行ということで宣伝の効果はよく、「心付けの類一切お断り」を強調したので招待者からも好評だったのだが、その招待旅行に調査官の目が止まった。
「招待旅行はどんな内容なのですか」
 調査官は招待旅行の概要の説明を求めた。
「私が説明しましょう」
 上野社長は招待旅行を計画した経緯や売上達成値などについて説明した。
「この旅行費用は広告宣伝費にはなりません。交際費です」
「売上拡大セールに伴うものですから、広告宣伝です」経理部長が答える。
「一般顧客を対象としたものではありませんので、交際費になります」
「当社は工務店が一般顧客です」
「一般顧客とは消費者のことです」
「工務店が消費者ですよ」
「そうではなく、電子レンジや冷蔵庫を使う家庭のことです」
「業種が違います。当社は電動カンナや左官のコテを販売しているのです。一般家庭では使用しない物です」
「洗面台や便器も販売されていますから、これらの消費者は一般家庭となります」
「洗面台や便器を見て建売住宅を買う人はいません。洗面台を買うのではなく、家を買うのです。便器を選ぶのは工務店です」
 調査官は招待旅行の費用は交際費だと言い、上野商店は広告宣伝費だという。
 一般消費者を対象とした招待旅行は広告宣伝費だが、特定の業者を相手にした招待旅行は交際費となる。これが税務上の基本的取扱いだ。すなわち、住宅関連の機器や建築金物を販売する上野商店にとって、工務店が一般消費者に該当するか否かが取扱いの分かれ目となる。
 経理部長が言うように、電動カンナや左官のコテを使用するのは工務店で、一般家庭では業務用の製品は使用しない。この点からすれば、工務店は消費者である。
一方の調査官は、洗面台や便器を選ぶのは一般家庭だから、その中間に位置する工務店は一般消費者には当たらないと主張する。
 「だったら、工務店が使用する工具や消耗品を、洗面台などの住宅用機器と区分して販売目標値を設定すればよかったのですか。取扱い商品で税法の扱いが異なるのは不公平です」
 上野商店の主張は正しい。取り扱う商品で税法の扱いが異なるのは不公平だ。だが税法は、一方的で厳しい取扱いを定めている。農機具を製造する業者における農家、化粧品の製造業者における美容院、医薬品の製造業者における病院などは、一般消費者に該当しないと規定しており、いわゆるエンドユーザーたる一般庶民を対象としたものでなければ広告宣伝費にはならない取扱いとなっている。
 つま、仮に上野商店が、工務店が使用する工具類と一般家庭が使用する洗面台等の売上を区分して、一般家庭で使用される商品についてのみ売上目標値を設定したセールをしたとしても、旅行の招待者が工務店である限りは、その費用は交際費にしなければならない。

金銭によらない売上割戻し

「そもそもこの旅行は売上割戻しによるものです。一定の売上を達成した工務店を旅行に招待したのです。現金なら6万円で、売掛金と相殺になってしまい報償の実感がありませんので、6万円でできる韓国旅行にしたのです」
 経理部長は売上割戻しであることを強調した。売上割戻しであれば交際費にならないことを知っての発言だ。
「売上割戻しは金銭でなければなりません。金銭以外の物品や旅行の場合には交際費となります」
「現金でも旅行でも、当社の負担は同じです。扱いが違うのは納得できません」
「現金ですと受け取った側に課税できますが、旅行の場合は課税ができませんから、扱いが違うのです」
「それは税務署の都合ではありませんか。支払った側からの判断がなされるべきです」
 経理部長が言わんとすることは分かる。だが、税務署の取扱いは調査官が言う通りとなっている。金銭で支払われる売上割戻しはこれを受領した事業者の収益に計上されて課税されるが、物品や旅行の場合には課税されないので、取扱いが異なる。金銭の場合は売上値引、旅行の場合は交際費である。
 ならば、売上割戻しを金銭で支払ったことにして預り金に計上し、これを旅行費に充当したらいいのではないかという考えが浮かぶ。しかし、これも交際費である。金銭で支出された売上割戻しであっても、その使途が決めらているものは交際費である。

待旅行に同行した社員の費用

「招待旅行は社員旅行と併せて行ったのでしょうか」
「いいえ、社員旅行と一緒では得意先に失礼ですので、一緒ではありません」
「同じ日に福利厚生費が計上されていますが、これはどういったものですか」
「招待旅行に同行した社員の費用です。総費用を招待者と同行した社員の数で按分しました」
「招待旅行に同行したのは、旅行の世話をするためですね」
「不都合があってはいけませんので、同行させました」
「交際費となる旅行に同行した社員の費用は交際費です。福利厚生費ではありません」
「そんな……。取らんかなで物事を見ないでください」
「旅行の世話をするということは接待をするということです。福利厚生費になろうはずがありません」
「得意先の世話はしたでしょうが、実質は社員の報償と慰安です。セール期間中の売上が多い社員を行かせたのです」
「それは人選の手段なのではありませんか。誰が同行しても招待者の世話をするわけですから」
「世話をするのは添乗員です。社員はその補助のようなものです。社員が添乗員の役目をしたのではありません。ほとんど何もしていないはずです」
「社員は売上達成順に韓国へ行けることを知っていたのですか」
「もちろんです」
「そのことを社員に周知した書類を見せてください」
「特に書類は作りませんでした。朝のミーティングで何回か取り上げて周知しました」
「得意先の工務店と同じ日程にしたのはなぜですか」
「それは……」
 経理部長は言葉を詰まらせた。社員の韓国旅行費用まで交際費にしようとする調査官には何を言っても無駄なように思えたからだ。
 調査官の指摘に間違いはない。招待旅行に社員が同行した場合の費用は交際費である。経理部長が当初「旅行の世話をするため」と答えているとおりで、接待のために要した費用は交際費である。
 その後経理部長は「社員の報償のための旅行」と言い換えをしたが、調査官はこの点に不審を抱き、報償による韓国旅行があることを社員に周知したことが分かる書類の提出を求めたのだ。
 言い換えをしたのが課税逃れのためだったのか、説明不足のためだったのか、税務調査のトラブルはこんなところから発生する。

10:消費税の調査