ゼイタックス

第12 署長宅で年始祝い

油津港に入港していたフリゲート艦の見物
 日南税務署在勤の頃は、税務署職員になって5、6年を経験し、仕事にも慣れて、一番やんちゃな時代ということになるのだろうか。
 ある朝、朝刊を開くと、アメリカ軍のフリゲート艦が油津港に入港していて、本日は艦内が一般公開されるという記事が出ている。早速、愛用のカメラを鞄の中に忍ばせて、出勤した。このところ、油津繁華街の店舗の事後調査で、毎日出張しているので、ついでに艦内を見学しておこうと考えたのである。
 誘惑する標的となったのは、渡部さん。この人は他人から頼まれ事をして断ったためしがない。耳元で小声でささやいた。
「渡部さん、今日も油津に出張でしょう?」
「う~ん、そうだけど…」
「一緒に出ましょうよ」
「いいよ。何かあるの?」
 私がニヤニヤしながら誘うので、何かたくらみがあると感ずいたのか、不審そうな顔を向ける。離れた所から大迫直税課長が目を光らせている。大迫課長からは、つい先日も私と山本トヨタカさんの二人が呼ばれて説教を喰らったばかり。
「あなた達はね、机の上を片づけるのが5分早いよ。まだ、5時までに5分あるじゃない。もう、机の上には何も載っていないものね」
 言われてみると、確かにその通り。机の上は綺麗さっぱりに片づけられている。
「はあ、今日は少し早すぎたですね」
「今日ばかりじゃないよ。いつもじゃない。時間いっぱいは仕事して貰わないと困るね」
 そんなことがあって、以後は終業のベルが鳴るまでは、机の上を片づけるのはやめたのだが、いたずら心まではやめられない。
 渡部さんの耳に口をよせて、小声でささやいた。
「油津港にアメリカのフリゲート艦が入港しているんです。朝から一般公開するらしいですよ。仕事の前に行ってみましょうよ」
「ああ、そうなの。うん、うん、いいね」
「カメラも鞄の中に入ってますからね」
「ハハハハ、用意いいね。じゃあ、すぐ、出よう」
二人して、税務署を飛び出し、油津行きのバスに乗る。目指すは油津港。
艦内の一般公開は始まっていた。艦内の食堂らしき所に水兵がタムロしていた。壁には油津市内の地図が掲載されている。
「メイン、ストリート」地図を見ながら大声で読み上げたら、水兵達が一斉に笑った。どうも日本語読みになっていて、発音がおかしいらしい。
「メイン、ストゥリート」ちょっと、カッコウをつけて読み直したら、今度は誰も笑わなかった。やれば、できるのである。
 艦上の大砲のそばが、やはり人気の中心。渡部さんと交替で大砲の前に立ち、カメラでパチリ。貴重な思い出の写真であると同時に、サボりの証拠写真が出来上がった。

正月2日に署長宅へ…
 昭和39年の正月が間近に迫った暮れのある日、署長から呼び出しがかかった。資産税の古閑さんも一緒である。
「二人とも、正月は熊本に帰るんだろう?」
 私は独身だから、正月は毎年実家に帰っている。この頃、実家は熊本市内の水前寺公園の近くにあった。古閑さんも熊本市内に実家があり、こちらは、子供さんの学校の関係なのか日南に単身赴任していた。もう、50歳に近かったのではなかろうか。
「ええ、私は毎年、帰っていますので、今年も帰ることにしています」
「じゃあね、正月にウチに来てくれないかなぁ。何もご馳走は出来ないけど、家内も誰かに自分の作った料理得緒食べて貰おうとウズウズしているようだから…」
「署長さんのお宅は、どちらにあるんですか」
「熊本市大江町なんだけどね。地図を書いておいたから、渡しておくよ」
 もらった地図を見ると、場所はすぐにわかった。税務講習所熊本本支所からも遠くはない。
「2日の午前10時ということでどうだろう」
「私はかまいませんが…」
 古閑さんも、それでかまいません、となって正月に二人して署長宅に年始にに行くことになった。
 明けて正月2日、私は古閑さんと市内で待ち合わせて、署長宅に向かった。繁華街で年始の挨拶用にカステラを買う。
「明けましておめでとうございます」
 玄関をくぐると、すでに正月の料理がテーブルの上にずらりと並べられている。奥さんが挨拶される。続いて和服姿もあでやかな娘さん。
 さっそく、御神酒が振る舞われる。

実はお見合いだった年始祝い
「竜くんはお酒はいける方なのかな」
「私はすぐに顔に出ますからね。アルコールには弱いという評価になっています」
「顔に出る人はいいよね。まわりが気を使ってくれるから…。私なんかいくら飲んでも、ちっとも顔に出ないものだから、飲んでないと思われてね。いくらでも勧められる」
「酒の味はわかりませんが、焼酎よりも清酒のほうがおいしく感じますね」
「そうねえ、日南じゃ一杯飲むったって芋焼酎だからね。古閑さんはどう?」
「私も清酒の方が口に合いますね。熊本が長かったですから」
「竜くんは、川釣りをやっているんだって?」
「アフターファイブの退屈しのぎですよ。そんなこともお耳に入っているんですか」
「子供さんの親御さんから、遊んで貰っているとお礼のことばがあったよ」
「遊んで貰っているのは、こっちのほうなんですがね」
 署長宅での酒盛りは午前中一杯は続いた。もちろん、奥さんの手料理は腹一杯になるほど、堪能した。
 それにしても、ずっとお酌をしていた署長の娘さん。署長は浅黒く、どこにでもいるオッチャンという風情の気さくな人だが、娘さんは色白で額が広く、理知的な顔立ちで、父娘並んでも、これでは父と娘と気付かれることはないほどである。
 熊本市内の銀行に勤務していると言っていた。
 正午頃になって、署長宅を辞した。
 帰りの道すがら、古閑さんがいう。
「竜さん、今日はね。あんたのお見合いなんだよ。お見合い。どう? 署長の娘さん」
「あの娘さんですか? いやぁ、あの署長にあんな素敵な娘さんがいるとは想像もつきませんでしたね」
「あの署長もいい人だよ」
「そうですね。いつでも声をかけたくなるような雰囲気ですよね」
 白川の湖畔を歩いていると、酒でほてった顔に川風が心地よく吹き抜けていった。

13:超豪華な部門旅行