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第17回 領収書(1)

 領収書、領収証、受領証、レシート、金銭の受領を証する書類には色々な名称が使われている。領収書と領収証はどこが違うのか、と問われると禅問答のようになってしまうが、レシートと領収書の違いであれば、前者はレジスターが自動的に発行するもの、後者は手書きなどで個別に作成するもの、と区分することができよう。
 ただしこれらの違いは、名称や発行方法の違いだけであって、それによって有効性に違いが生じるものではない。

領収書の証拠能力

 大井商事は会社や事務所などの大口消費者を顧客に持つ事務用品の販売店。売上と仕入の調査を終えると、調査官は諸経費の調査に移行した。
「レシートが少ないのは珍しいです」
 調査官は証憑綴りをめくりながらこう言った。
「珍しい?」
 経理部長は調査官の言う意味が分からずに繰り返した。
「ほとんどの会社ではレシートのまま保管されているのですが、大井商事さんでは領収書に書き直してもらっているようで、レシートが少ないです」
「ああ、そういうことですか。当社は事務用品店で領収書そのものを販売していますので、極力領収書をもらうことにして需要を引き出しているんです。ですからレシートは少ないです」
「領収書では何を買ったのか分かりません」
「出金伝票に購入品名を書いています」
「それでは証拠になりません」
「証拠にならない?」
「レシートであれば購入品名が記載されていますが、領収書にはそれがありません」
「ですから、出金伝票に書いています」
「出金伝票では何とでも書けますので、証拠になりません」
「それこまで疑うのですか」
「レシートで済むものを領収書に書き直してもらう裏には何かの理由があると思います」
「何かの理由!」
 経理部長は語気を強めた。
「レシートに書かれた品名では困ることがあるのではありませんか」
「困ることはありません。言ったように、当社は事務用品販売店ですから、領収書をもらって需要を引き出しているのです。領収書ではダメだと言うのですか」
「ダメとは言いませんが、疑わざるを得ません」
「調査でそのようなことを言われるのは初めてです。それどころか、以前の調査では、レシートではダメと言われました。取扱いが変わったのですか」
「レシートの方がいいのです。レシートがダメということはありません」
 経理部長の言う通り、「レシートではダメ」と言われた時代があった。この調査官は若いので、レシートが完全でなかった頃を知らないのだ。
 使われ始めた頃のレシートは、発行者の店名表示もなく、日付もなく、単なる数字を羅列した紙だったから、領収書と同じに扱うことができなかった。そしてレシートは改良され、店名が記入され、日付が記入されるようになり、領収書と同じ内容を表すようになったのだが、「領収しました」の文字がない、発行者の押印がない、などの理由で否定されることがあった。
 現在のレシートは優れている。店名や日付はもちろんのこと、購入した品名や単価、数量までが記録されている。今やレシートを否定する調査官はいない。
 それどころか、領収書とレシートの立場は逆転した。レシートで済むところを領収書に書き直してもらう裏には何かがあると疑われるのだ。
「領収書でもいいのでしょう」
「領収書では購入品名が分かりません。レシートにすべきです」
 調査官らしい要求だ。購入した品名が分かれば調査がしやすいというわけだ。
 本来、領収書は金銭の受領を証明するものであり、購入した品物の内容を証明する証憑ではないから、購入した品物が分からないという理由で領収書を否定することはできない。
 そうは言っても、レシートを領収書に書き直してもらう裏には何かがあるのは事実で、調査官はその点を掘り下げていく。

コンビニの領収書

「コンビニで領収書をもらうのは不自然です。実際は何を購入されたのですか」
 調査官は遠慮のない質問をする。
「出金伝票に書いてある通りです」
「夜食とか新聞雑誌とか書いてありますが、夜食にしては小額なものがありますし、コンビニで扱っているような雑誌は法人に必要な雑誌とは思えません」
「時には小額な夜食もありますし、時には雑誌を必要とすることもあります」
「10日に一度くらいなら分かりますが、ほとんど毎日のようにコンビニに支払いがあります。土曜と日曜日は会社が休みですから、更に疑問です」
「時には休日出勤することもあります」
「1年間のタイムカードを出してください。休日出勤のあった日を調べたいのです」
 調査官は普通、何々を調べたいので何々を見たいとは言わない。このように理由を付けて書類の提示を求めるのは、相手の反応を見る場合だ。
「タイムカードを押していないこともあります」
 案の定、経理部長は先回りをして言い訳をした。
「このコンビニの支払いは全て社長関係者の個人的支払いとみなします」
 言い訳を繰り返す経理部長に対して強硬な姿勢が示される。
「そんな、一方的過ぎます」
「なぜコンビニで領収書をもらうのですか。レシートでいいではありませんか。レシートなら夜食であることも雑誌であることも書かれているのですよ。領収書はおかしいです」
「半分くらいは個人的な買い物があるかもしれませんが、全額というのは厳しすぎます」
 経理部長は言い訳が通らないと判断すると、否認額を値切る方向へシフトしていく。だが、調査官はそれには答えずに次の質問をする。

百貨店の領収書

「百貨店も領収書になっていますね」
「レシートも有るはずです」
「レシートが有るものは進物であることがわかりますが、領収書では内容が分かりません」
「出金伝票に支払いの内容を書いています」
「事務所用スリッパを百貨店で買うのですか。しかも5万円も」
 調査官はおかしいとばかりに質問をする。
「時にはそんなスリッパもあります」
「8万円の応接用小物とは何ですか」
「応接室の飾り物だと思います」
「現物を見せていただけますか」
「消耗品ですから......今は無いかもしれません」
「出金伝票の記載内容は信用できません。5万円のスリッパ、8万円の応接小物、不自然なものばかりです。婦人服や宝石なのではありませんか」
「いいえ、そのようなことは決してありません」
「百貨店に反面調査すれば簡単に分かることです。正直に答えてください」
 調査官の言う通りだ。百貨店の領収書には通し番号が付けられており、そこから領収書発行の元となったレシートを探し出すことができる。婦人服、紳士服、宝石、法人の業務に関係のない支出を付け回ししようとすれば、レシートのままでは都合が悪いので領収書に書き換えられるワケだが、反面調査をすれば全てが明らかになる。
 コンビニや百貨店に限らず、レシートを領収書に書き換えてもらえば疑われる。それがレシートの現状だ。

18:領収書(2)