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第15回 (続)資産の所得費

 田町企画の税務調査初日は、土地の購入に際して支払った固定資産税や建物の取壊し費用、地質調査の費用が問題とされたのだが、二日目の調査でも土地の取得に際して支払った諸費用が土地の取得費に加算すべきものかどうかが問題となった。

弁護士の報酬

「弁護士に手数料が支払われていますが、これはどういう内容の費用ですか」
調査官は土地の取得に関して支払われたのではないかと思われる費用を抽出しては質問をする。
「土地の明け渡しに関する費用です」
経理部長は簡単に答える。
「これは土地を購入する際に支払った費用ですね。購入に関する費用は土地の取得費用に加算しなければなりません」
「購入した土地に関するものですが、土地を購入した後に発生した問題に対する弁護士費用ですから、損金計上できるものと考えます」
「購入したばかりの土地でトラブルが生じたのですか。それはどのようなトラブルですか」
「借地権があると主張する者が出てきたのです」
「もともと借地人がいた土地なのではありませんか」
「借地人はいませんでした。借地人がいたら土地は購入しませんでした」
「購入直後に問題になっていますから、そのような問題のある土地であることを了承して購入したとしか思えません。最初から分かっていた問題を処理するための弁護費用は取得費に加算すべきです」
 調査官の指摘に間違いはない。購入しようとする土地に問題があり、それを承知で購入した場合には、その問題解決のための費用はその支払い時期に関係なく、土地の取得費に加算しなければならない。
「契約時には何の問題もない土地でした。購入後に問題が生じたのです。ですから、土地の取得費に加算する必要はないと考えます」経理部長の主張も正しい。購入後に生じた問題に関する弁護士費用は土地の取得費に加算する必要はない。
「問題が生じたのは引き渡しの前ではありませんか」
「引渡しの直後です。借地権があるという人物が現れたのです」
「契約の時には知らされていなかったのですか」
「そのような問題は皆無ということでした」
「それならば、契約を解除できたのではありませんか」
「その気になればできたのでしょうが、簡単に処理できると思い契約を解除しなかったのがいけなかったのです。問題がこじれて弁護士を頼むようになったのです」
「土地の引渡しを受けた後に借地権の問題が発生したことを証明する書類はありませんか」
 この弁護士費用の取扱いの分かれ目はここだ。事実は一つなのだが、その事実を証するものがないと押し問答の繰返しとなり、最後は『見解の相違』という曖昧な結論になっていく。
「誰も、証明書など発行してくれませんよ」
「証明書とは申しません。証拠になるものがあればいいのです」
「借地権があると主張した者から送られてきた内容証明郵便があります。その日付を見れば、問題が生じたのは土地の引渡しを受けた後であることが分かります」
「内容証明郵便の日付が問題発生の日とはなりません。問題はそれ以前に発生していたのではありませんか」
 調査官特有の論法だ。事実を証するものが欲しいと言いながら、いざその証拠が提示されるとこれを簡単に否定してしまう。こんなことでは調査は進展しない。調査官に会計処理を認めようという姿勢がなく、否定に否定を重ねていけば納税者をねじ伏せられるという考えがあるのだ。
「だったら何が証拠になると言うのですか」経理部長のトーンが上がるのは当然だ。
 調査官は重大なポイントを見落としている。仮に田町企画が地権者がいることを承知で土地を購入していたとすれば、購入価格を払うことになる立退き料相当分安くなっていたはずで、この辺のチェックがなされていない。

不動産鑑定士の報酬

「不動産鑑定士に鑑定料の支払いがありますが、これはどの土地を鑑定したものですか」
「この土地です」
「この、借地権者がいて弁護士を頼んだ土地ですか」
「そうです。同じ土地です」
「領収書を見ますと、鑑定は土地の売買契約を結ぶ前に行われています。契約に際して行った鑑定の費用は土地の取得価格に加算すべきです」
「鑑定はしましたが、それによって土地の価格が増加するものではありません。ですから、取得価格に加算する必要はないと考えます」
「取得に要した費用です」
「いいえ、鑑定をしなくても土地は買えました」
「取得に際して支払った費用は取得に要した費用となります」
 調査官は、購入予定地の鑑定をしたのだからその費用は土地の取得価格に算入すべきだと主張する。これに対して田町企画は、鑑定をしたことによって土地の価格が増加するわけではないので、その費用を取得画面に算入する必要はないと反論する。
 田町企画の反論の趣旨も分からないではないが、購入した土地の不動産鑑定料は土地の取得価格に算入しなければならない。取得に要した費用や取得に際して支払った費用は、その費用が土地の価格を増加させるかどうかにかかわらず、土地の取得価格を構成する。
「もしこの土地を購入していなかったらどうなんですか。それでも鑑定料を土地勘定で経理しろと言うのですか」
「購入しなかった場合には損金経理できます」
「そうでしょう。購入した場合と購入しなかった場合とで扱いが異なるのはおかしいですよ」
「不動産鑑定料という費用を単独で見ればそうなりますが、土地の取得という観点からすれば取得価格額の一部となります」
 経理部長の主張は屁理屈だ。土地を購入しなかった場合には当然に取得費がないのだから、取得費加算は生じないわけで、これと同じ扱いを求めることはできない。
「ところで、この不動産鑑定を依頼した目的は何だったのですか」
「土地の価格を鑑定してもらったのです」
「なんで鑑定したのですか」
「売買契約を結ぶためです」
「なぜこの土地だけ鑑定したのですか。ここ数年かの間に何カ所かの土地を購入されていますが、鑑定したのはこの土地だけです。何か理由があるものと思います」
「地主と売買価格が折り合わなかったものですから、鑑定の数字で売買することにしたのです」
「地主は最初、幾らと言ってきたのですか」
「良く覚えていません」
「鑑定の結果、総額で幾ら安くなったのですか」
「それも良く覚えていません」
「売買価格が折り合わなかったのですから、覚えているはずではありませんか」
「記憶にないです」
「社長も、経理部長も覚えていないのですか。覚えている人はいないのですか」
「……」
 これは売買価格を低くするために鑑定したのではありませんか。借地権者から立退料を損金経理する目的があったのではありませんか。借地権者から立退料を要求されていることを承知で買い取り、買い取った後に、立退料を損金経理する目的があったのではありませんか」
 調査官ならではの発想だ。売買価格が低いと借地権などのトラブルのある土地であったことがバレてしまうので、不動産鑑定士に鑑定を依頼して適切な売買であることを装ったのだ。
「売り主、不動産鑑定士、仲介をした不動産業者、そして借地権者から事情を聞く必要がありそうですね。特に売り主には、なぜ借地権者がいたことを隠したのかを聴取する必要があります」
「そこまでしなくとも……」
「本当のことを言っていただけないのであれば、関係者から聴取するしかありません」
 税務調査は帳簿や関係書類だけで行われているのではない。書類を繕っても、関係者からの聴取でで脱税は発覚する。

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