ゼイタックス |
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Yomiuri Weekly 2002年12月8日掲載 | ||||||
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所得税申告漏れ10年で最高 “広く、薄く”痛みを分かち合う小泉改革のなかでも、こと税負担に関してサラリーマンの怒りが沸騰しそうな事態が生じている。政府税調は2003年度の税制改革答申で、実質増税につながる給与所得者の配偶者特別控除など各種控除の廃止・見直しを打ち出した。その一方で、自営業者らの1件当たりの申告漏れ(実地調査ベース)は過去10年間で最高だった。医療費負担、雇用保険料などの引き上げも家計を直撃する。サラリーマンたちは、もっと怒るべきだ。 税金ジャーナリスト 浅野 宗玄/コラージュ 大倉 暁雄
たかだか3万円ぐらいでぶつぶつ言うなと、からかわれて言い返したのだが、言わんとしているのは、サラリーマンの収入は100%把握されているし、飲み代も経費にできないとの文句だ。ところが、事業者は、収入は適当に申告できるし、背広や家族旅行、息子の車もみんな経費として落とせる。所得だって半分くらいごまかしているとの強い疑念といら立ちだ。 勤務先で経理担当として働き、税金にも関心があるゆえのグチだが、この不満をさらに膨らませるのが次のデータだ。 PCで容易な書類改ざん 塩川財務相は、2002年11月13日の自民党税制調査会の総会で、2002年度の税収は当初見積もりより2兆7000-2兆8000億円程度落ち込むとの見通しを示した。不景気なのである。 ところが、税務当局には、これが逆に幸いしている面がある。調査対象を絞り込みやすい。例えば、インターネット関連やグルメ関連、パチンコ業などの好況業種である。調査人員が限られているなかで、不正が見込まれる対象の選定を、より厳しく行った結果が過去最高の申告漏れを見つけたことにつながっているのだろう。 こうした申告漏れが罷(まか)り通るのは、依然として税の世界で「クロヨン(9・6・4)」や「トウゴウサンピン(10・5・3・1)」と揶揄される実態があるからだ。 これは税務署の所得の捕捉率が給与所得者の9(10)に対して、事業所得者が6(5)、農業所得者が4(3)ということを表しており、言い得て妙だ。1は政治家だ。 愛人のお手当も 売り上げから膨らませた経費を差し引き、申告所得を少なくする“古典的”手法で税逃れをしているというのだ。もちろん、税務署は私的費用を経費とは絶対に認めないが、バレてもともととばかり、何でも経費として申告する事業者が多いのも事実だという。 申告漏れの手口は、売り上げの一部を除外して、それに見合うように経費も少なくするという旧態依然としたものだが、コンピューターの経理ソフトが普及したお陰で簡単に帳簿も整えられるのだ。 税務署でも、店舗の面積や立地条件、同業他社の売り上げなどから適正な申告かどうかを調べるが、売り上げの1-2割を除外する程度では不自然に見えない。 「問題なのは、このような売り上げ除外や私的支出を経費とした申告が不自然でなければ、机上調査でほとんど通ってしまう可能性が高いことだ」 追いつかない税務調査 ただ、実調にしても、年々増加する一方の納税者数に税務職員が追いつかない。その結果、調査対象は大口・悪質なものを中心に件数が限られる。 売り上げや経費といっても、実際に中身を調べられなければ単なる数字に過ぎない。こうして、多くのいい加減な申告が、一連のチェックから漏れてしまうことになるのである。 所得補足率が不公平であることについては、国税労働組合総連合(国税労組)も認めている。国税労組が毎年行っている税制に関する提言のなかで、税法の適正・公平な執行が困難なため税負担が不公平となっていることを示して、 2001事務年度の所得税調査は、前年より約5万件多い86万7000件。しかし、実地調査は7万2000件で、前年より2万1000件も減っている。増えたのは、電話や税務署に来てもらい、申告内容の疑問点を問いただす「簡易な接触」といわれる調査なのだ。こちらは、7万1000件も増えている。 この結果見つかった申告漏れ総額は、2年連続で過去最低を更新し9514億円だった。1件当たり平均では前年より35万円も少ない110万円で、長引く不況によってごまかす所得も少なくならざるを得ないという見方もできる。 衆参両院は、28年間にわたって税制改正のたびに「税負担の公平を確保するために、定員の確保等に特段の努力を払うこと」との付帯決議を行っている。しかし、28年間も繰り返しているのであれば、これはもう単なるポーズに過ぎなくなる。 付帯決議がなされる一方で、2001年1月の中央省庁再編に合わせ、公務員定員を10年間で25%削減することが盛り込まれた。国税職員も例外ではなく、計画削減分を新規採用が補えず大幅な純減が続いている。国税労組は「このままでは現在の税務執行水準の低下は避けられない状況」と訴える。国税職員の定員を増やすことはできないのだ。一方で納税者は年々増加しているのだから、実調率の低下は今後とも避けられない。 このような“怒り”に拍車を掛けるように、2002年冬の民間企業のボーナスは過去最低の伸び率だとUFJ総研などの民間シンクタンクが予測している。健康保険や雇用保険、厚生年金などの社会保障制度の負担増も重くのしかかる。 希薄な納税道義も一因 納税は義務であるという意識を税の世界では「納税道義」という。この薄さが「クロヨン」の要因のひとつなのだ。その背景に、サラリーマンは源泉徴収で納税がほとんど済んでしまうわが国の徴税システム上、仕方がない面もあった。 冒頭のマージャン荘のやり取りに象徴されるように、サラリーマンは「飲み代は経費にならない」という言い分も誤解である。直接的には費用にできないが、給与所得者は経費の概算控除という性格の給与所得控除が認められている。 給与収入に応じて、500万円で154万円、700万円で190万円といった具合に、全体でみると給与収入総額の3割程度が経費として所得控除されている。これらの給与所得控除額が、サラリーマンが勤務するために実際に必要な費用よりかなり大きいことは否定できない。 これだけの額が領収書もなしで初めから必要経費として認められている。初任給をもらうときから黙っていても控除してくれるので、意外に気付いていないサラリーマンが多いのだ。 納税者番号制も検討へ 2002年11月19日、政府税制調査会は、2003年度税制改正の答申を公表した。個人所得課税は増税項目がずらりと並び、まさにサラリーマンにとっては厳しい冬の時代となりそうだ。配偶者特別控除の廃止、特定扶養控除の廃止・縮減・個人住民税の控除水準の見直し、給与所得控除の縮減を図る方向で検討、生損保・住宅ローン控除の見直しなどなど。とどめは「これ以上の税率引き下げは不適当」の一文だ。 実を言えば、国民が税金を“広く、浅く”負担する観点からは、配偶者特別控除等は小さな話なのだ。政府税調の答申にもあるように、将来は前記の給与所得控除にもメスが入ることは確実だ。一方で、所得捕捉率の不公平がいつまでも解消されない事態が続くと考えたら、絶望的ではないか。 今後、課税の公平に向けて、最後の切り札といわれる「納税者番号制度」の導入の是非が議論される方向にある。ここでは問題点を詳しく語ることはできないが、サラリーマンという大きな世論が影響を与えるべきなのだ。そのためにも、今まで以上に税に関心を持つことが求められている。 それが「クロヨン」を解消する早道となるのだ。 |
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